見ないで信じる者

宗教は感情の部分が大きいけど
感情だけで突っ走ったら大抵、大怪我をする。

理性的であるべきだろう。

理性で行けるところまでは理性でいくべきだ。
だから、哲学することも学ぼう。
哲学と宗教を相反するものと考えてはいけない。
「宗教のない哲学も哲学のない宗教もともに嘘である」
西田幾多郎は言った。2つは両輪だ。

しかし、理性だけでは到底宗教の領域にたどり着けない。
「宗教は説明ではない。体験だ」から。

最後はロジックを超えなければ。
「見ないで信じるもの」にならなければ。
ロジックの飛躍が「信仰」だから。

しかし、どうすればそれが可能か。

「人格」ならぬ
「神格」に触れることではないか。
エスに触れることではないか。

「神が人となられた」のはそのためだ。
イエス・キリストが「仲保者」と
言われる所以だろう。

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